明日笑うために今日すること

債務整理のあれこれとギャンブル依存症からの脱却を綴るブログです。

折り返し地点

今年で36歳になる私。

最近、人生の半分は消化してしまったんだと思うことが増えてきました。そんなことを思うという事は今の自分の環境に満足していないからだと思います。

仕事に関して言えば主任という中途半端な位置に2年も定着しています。そしてそんな中途半端な役職に満足し、居心地が良いとさえ思ってしまっています。20代の頃の向上心やギラつきはどこかに忘れて来てしまったようです。

私生活でも奥さんとは関係が悪化するばかりで、子供達がいるから首の皮一枚で繋がっているような状態です。

 

そんな環境を作り上げてきたのは自分自身であり、誰のせいでもない事は重々承知しています。なんとかなるさと適当に生きてきた結果が今の自分なのです。

36年が一瞬で過ぎ去ったように残りの人生も一瞬だと思います。

何をするべきで何をしないべきなのか。むしろとりあえず何でもやってみるべきなのか。

悩んでいてもしょうがないし時間の無駄なので料理動画を撮ろうと思います。

 

決めました。

2月1日からブログかYouTubeで新しい発信をすることをここに宣言いたします。

沢山の方に見てもらえるようなものを作れるよう頑張ります。

 

それではまた。

 

ギャンブル依存症になるまで〜結婚前〜

消費者金融の世話になるようになったころ奥さんと出会いました。

当然借金のことは奥さんに隠していましたし、デートの前日にATMで借りてお金がないという雰囲気は一切出さずにいました。

 

奥さんと付き合い始めて一年ほど経った頃、束縛に耐えれず別れたいと思うようになりました。借金があると言えば別れてくれるだろうと打ち明けることにした私。しかし奥さんは別れたいという言葉を無視し借金返済計画をたてはじめます。

結婚する前から給料を管理されはじめ、私の我慢は限界を迎えるのでした。

 

もう別れたいとしか思えなくなり距離を置くことにしたのですが、距離を置いて二ヶ月経ったある日奥さんから電話がきます。

「生理が来ない。」と。

その時23歳だった私は動揺しまくりました。

受け入れて結婚するか、中絶してもらうのか、結婚はせずに子供の養育費だけ払うか。

悩んでいるうちにお腹は大きくなっていきます。もうこの人と結婚するしかないと覚悟を決めてお互いの両親に話をしに行くことにしました。

 

どちらの両親も呆れた様子でしたが、生まれてくる子供の為に頑張るようにと言ってくれました。

当時1社から40万円ほどの借金がありましたが奥さんの鬼管理で着実に返していきます。

 

結婚してからはさらに管理体制が厳しくなっていき、私は毎日イライラしていたように記憶しています。

 

子供が産まれてからはまた今度。

それではまた。

 

長女の話

私の長女(11歳)は小さい頃から折り紙やお絵描き、プラ板あそびなど自分で何かを作ることが大好きです。

親的にはスポーツにも興味を持ってほしいところですが人それぞれですし、長所を伸ばす方が良いかと思い見守っています。最近スノボーに興味を示していますが、家で本を読んだり音楽を聴くほうが彼女は好きみたいです。

 

そんな長女が9歳ぐらいからハマっているのが料理です。おそらく自営で食堂を経営していた私を見て何か思うことがあったのでしょう。

2分の1成人式では将来の夢は料理人になり自分の店を持つことだと発表していました。私はその場にいなかったのですが、後から奥さんにそのムービーを見せてもらい複雑な気持ちになりました。

私と同じ仕事をしたいと言ってくれて嬉しい反面、この先どんどん厳しくなっていく飲食業界で娘を働かせたくない気持ちがありました。実際経営も失敗してますし。

昔ほどではありませんがまだまだ飲食業は休みも少なく拘束時間は長いです。私も毎日10時間拘束され、休憩は一服や賄いの時間を入れても30分ほどです。残りの9時間半は立ちっぱなしで足腰が痛みます。

今でも料理人になりたいのかどうかはわかりませんが、長女は家でよく料理をしています。

お菓子作りは成功したのを見たことはありませんが、そのチャレンジ精神は認めています。私が横でサポートしながら作れば良いんじゃない?と言ってるのですが、長女は変に頑固なところがあり最後まで1人で作りたいようです。

 

今日仕事中に子供達用の携帯から写真が送られて来ました。それがコチラ。

f:id:kasupapa:20200112020117p:image

ラテアートだそうです。一応褒めましたが、ハッキリ言ってなんだか分かりませんでした。

まぁ本人は楽しそうだったので良しとします。

 

これからどんな風に将来の夢や目標が変わって行くか分かりませんが、彼女達の手助けができるよう頑張って働こうと思わされました。

 

それではまた。

ギャンブル依存症になるまで〜全盛期〜

高校を卒業して飲食店に勤めました。

昼は中華料理屋さんでバイトして、夜は居酒屋でフルタイムで働きました。仲の良い友達は大学生や一般的なサラリーマンとして新生活を送っていたので私だけ休みが合わなくなっていきます。

それがギャンブル依存のスピードを一気に加速させました。

 

休みの前日は職場の先輩とパチンコ屋の隣にあるカラオケで朝まで飲み、車で仮眠してそのままパチンコ屋に行くことが増えました。

朝から閉店まで打つことも多く、給料の大半はパチスロに費やしていました。

まだ消費者金融などからの借金はなく、本当にヤバい時だけ姉に少し借りる程度でした。

 

しかしそれで治らないのがギャンブル依存症

二十歳の時に転職し、そこが個人経営の店だった為給料が遅れることがしばしばありました。

それをきっかけに初めて消費者金融の門を叩きます。

 

そこからは借りては返す自転車操業の日々が続くのでした。

 

そんな中22歳の時今の奥さんと出会います。

 

続く。

 

今年の目標!

明けましておめでとうございます。

クリスマスから年末年始にかけて本業の飲食業も副業のラブホ清掃も忙しくブログを更新できずにいました。休みも2日間しかなく、無理のきかなくなった衰えを痛感しております。

遅くはなりましたが今年の目標を書いていきたいと思います。

 

この目標は努力すれば必ず達成する事を前提に考えました。昔の私のように夢物語を語るのではなく、一つずつ着実に実現していく為に今日この場で発表します。そして今年の年末には何が実現できて何ができなかったのか報告したいと思います。

 

ではまず一つ目!

ブログの更新をひと月20回以上する!

これは必達目標ですね。

 

二つ目!

料理をメインテーマにした新しいブログを開設!

 

三つ目!!

副業で年収100万円越え!

 

四つ目!!!

娘たちが始めたスケボー、スノボーに自分も真面目に取り組む!目標は飛ぶ!

 

五つ目!!!!

野球を始めた息子の自主練に必要な環境を作り上げること!

 

以上です。

副業で年収100万を超えた暁には雪山用のSUV車を買いたいと思います。もちろん中古で!

 

まだまだ忙しい日が続いてますが、五つの目標を達成するために行動していきたいと思います。

年男の私なら必ずできるはず!

 

皆さまにとっても良い一年であるよう願っております。私はそれよりも良い年になるようがんばります。

 

それではまた。

 

 

ギャンブル依存症になるまで〜初期〜

高校2年でパチスロデビューした私。

あっという間にパチンコパチスロの虜になっていきます。

学校、バイト、バンド、パチスロ、恋愛とやりたいことだらけで家にいる時間はほぼなかったと思います。その中でもパチスロに1番熱を注いでいました。

負けてお金がなくなると昼飯を我慢したりもしていました。バイト代で携帯料金を払い終わったら全てパチスロに使えるという感覚だったような気がします。次第に友人達も続々とパチンコを始め、誰かとパチンコ屋に行くことが日常になっていました。

そうしていくうちにパチンコ仲間の間でお金の貸し借りが始まります。数人で行けば誰か1人は調子が良いもので、調子の悪い友人にお金又はメダルを貸すという流れが出来ていきました。自分も親友にマックスで10万近く借りていたことがあります。そのお金はパチスロで勝ったお金で全額返しましたし、私も何万と貸していました。

高校生のうちから借金に対する恐怖心がなくなってしまったことが後々地獄を見ることに繋がりました。

 

 

当時(2000年ごろ)はパチンコ業界も規制が緩く爆裂機が主流の時代でした。イベントも毎週あり、私が住む田舎町でも開店数時間前に並ばなければ台が取れないほど人気がありました。

その反面自殺も多かった。自殺があるとその店は少しの間休業します。そして何もなかったかのようにリニューアルオープンという謳い文句でまた客を呼びます。

今のパチンコ店のようなクリーンで明るい雰囲気などはなく店員も客も殺気に満ちた顔をしていました。でもそんなパチンコ店に行くことが何よりも楽しくて、友人とワイワイガヤガヤしてる時間が最高だと思っていました。

この時点でパチンコを辞めれていたら楽しい思い出で済んだのでしょう。

 

高校を卒業して社会人になり状況は一変します。

 

続く

ギャンブル依存症になるまで〜始まり〜

今朝弁護士事務所から電話がありました。

調査が終わり債権者側と和解に向けて話を進める段階に来たという報告でした。今後支払うはずであった利子をカットし総額177万円を5年で返す方向で進めてもらう事になりました。依頼してから約2か月経過して初めて進展した報告です。

 

まずは私がどのようにしてギャンブル依存症になり、債務整理しなければいけなくなってしまったかまでを綴っていきたいと思います。

今ギャンブルをしている人やギャンブルに興味がある方に読んでもらい、私のような人間が1人でもいなくなれば幸いです。

 

今から19年前、高校2年生の頃に遡ります。

当時スーパーでバイトをしていて月に五万円ほど稼いでいた私はパチスロなどに興味はなく、バンド活動やスノーボードに精を出しておりました。家が貧しかったため親からお小遣いはもらわず、自分の欲しいものは働いて買うという今では考えられないほど真っ当な高校生でした。

そんなある日、一緒にスケボーやゲームで遊んでいた友人に「金あるならパチスロ行ってみない?この前初めて行ったらめっちゃ楽しかったぞ!」と急に誘われたのです。

バイト代もあり、財布に2万円ぐらいあった私は「興味ないけど付き合ってやるか。」と渋々了承したのが全ての始まりです。

 

今でも覚えています。その友人と自転車で30分ほどかけてパチンコ屋に向かいました。

初めて入ったパチンコ屋はとてもうるさくタバコの匂いが充満していました。今とは違いガラの悪い方々も多く、舐められないように気を張っていたような気がします。

人生初のギャンブルはパチスロで当時人気だった「不二子 2」でした。

大当たりの7もよく見えない中友人に聞きながら打った結果1万円以上勝ちました。まさにビギナーズラックです。

 

友人も勝ち、2人で「パチスロ最高ー!」なんて叫びながら自転車で帰りました。

 

ここから最低最悪のギャンブル人生が始まったとは知る由もありませんでした。

 

続く。